散る桜
今年は例年よりも桜の花が早めに開花したようで、3年生の卒業式の頃には、もうすでに花弁が散り始めていた。
青学の正門付近には大きな桜の木が何本も植えられ、立派な桜並木を作り上げている。
だが、裏門にある桜の木も表に負けず劣らず見事なものだ。
「好きだ」
今までずっと、言いたくても言えなかった言葉。
それを手塚が口にすると、案の定彼は驚いたような困ったような顔をした。
それはそうだ。
中学の3年間を共に過ごしてきた部活仲間からこんな事を言われるなんて、驚かない方がどうかしている。
しかも、その相手が日頃から堅物と噂される人物からなのだから。
目の前の彼 ― 大石秀一郎はその場所に立ちつくし、何も言わず黙り込んでいた。
まるで、必死に言葉を探しているように。
……彼の心の中には、答えは一つだけしかないはずなのに。
「何も言わないのか?」
「……………」
「どうして言わないんだ?」
押し黙ったままの大石は、滑稽にさえ見えて。
思わず笑みがこぼれた。
「断ればいいだけの話だろう?
…俺だって、お前と菊丸の事を知らない訳じゃないんだ」
口にした瞬間、ちくりと胸が痛む。
目の前の人間は、その言葉に少し驚いたようだった。
「知って…たのか」
「気付かないはずがないだろう。 そんな事、見てればすぐにわかる」
いったいどれだけお前のことを見ていたと思う?
そう。
初めて自分の気持ちを理解したときには、同時にもう全てが遅いのだと確信していた。
気付いたときには、もうそれは「人のもの」。
それは、いつも日常的に見ていた光景だった。
大石に抱きついてはしゃいでいるときの、向日葵のような笑顔。
赤茶色の跳ねた髪が、さらさらと揺れる。
毎日のように、手塚はそれを見て過ごしてきた。
「安心しろ。一度言いたかっただけだ。」
「え?」
「付き合って欲しいとか…そういうつもりじゃない」
「なら、どうして…」
「意味は何もないんだ」
「…………」
「言いたかっただけだ」
手塚は、もう一度言葉を繰り返した。
自分自身に言い聞かせるように。
大石は、しばらく戸惑ったような目でこっちを見て、それから重い溜息を吐いて言葉を紡いだ。
「……悪いけど、気持ちに答えることは出来ない」
風が強く吹いて。
「…だろうな。 ほとんど予想は出来てたが」
「……手塚…」
口元で笑顔を作る。
どうして自分はこんなにも笑っているのだろう。
「大体、お前からそれ以外の答えを聞こうとする方が間違ってる」
大石は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
どうしてお前がそんな顔をしているのだろうと不思議に思う。
「…これで気が済んだ。 俺はもう戻る」
「…………」
「手間を取らせて悪かったな。
……ありがとう。」
そう言うと後ろに振り返って、手塚はそこから去ろうとする。
「………手塚っ」
何歩か歩いたところで、後ろから呼び止める声がした。
振り返ると、大石がまるで泣きそうな顔をしていた。
「どうした?」
近寄るな、もうお前に用なんてない、と。
口調と顔で表現してみせる。
大石は何か言おうとしたまま、固まった。
しばらくして、口を噤む。
結局、何も言おうとしない。
大石のことだから俺を引き止めるような真似はしないだろうし、現在の恋人を無比にするようなことをするとも思えない。
そう、所詮はそれだけの話。
「…じゃあな」
散っていく桜の花が、随分と印象的だった。
そもそも、奪うつもりは最初から無かった。
ただ、話を聞いてくれればそれでいいと思った。
この気持ちを知っていてくれれば、それだけで。
自分という存在があったことを。 ずっと想いを寄せていたことを。
彼に覚えていて欲しかったから。
出来るなら、一生。
そして、彼の心を少しでも掻き乱してやりたかった。
恋人以外の人間を見ようとしない彼に。
隣にいる自分の気持ちなど、何一つ眼中にない彼に。
こっちを見て欲しかった。
こうして伝えることで、いつまでも彼の記憶に居座っていたかった。
たとえそれが、「いつも隣にいた友人」というものでなかったとしても、だ。
わかっている。
こんなものは、ただの嫉妬でしかないと。
それでも言いたかった。
最初から、何も望んでなどいなかったんだ。
あまり人通りの多くない渡り廊下まで出ると、手塚は壁際にもたれかかって溜息を吐いた。
結局、大石の答えは思った通りのものだった。
もっとも、それ以外のことを言われるなんて最初から思っていなかったが。
きっと、彼なら今の恋人を大事にするに決まっていると。
誰に何を言われても、心変わりをすることなんて無いと。
最初からわかっていたはずなのに。
どうしてこれほどまでの喪失感が残るのだろう……。
「…………っ…」
そんなことあるはずがないと思う一方で、心の底で期待していた部分があったのかもしれない。
この気持ちに答えてくれることを。
いつものように優しく笑ってくれることを。
どこかで望んでいたのだろう…。
これで何もかもが終わってしまう。
今まで気付いてきたものも崩れて、ただの友達を演じることもできない。
相変わらず、手塚の表情は仏頂面のまま少しも変わっていなかったけれど。
一粒だけ、頬を涙が伝っていった。
手塚は基本的には強い子だと思っているので(今まで書いてきたものと矛盾するような気もするが(苦笑))、
こうして泣いているのはほんの少しの間だけです。
大菊の場合は、大石には菊ちゃん一筋で、むしろ「英二以外見えません」なバカップル設定でいて欲しい。
なのでこの後も手塚に振り向くことはありえない……救いようが無くて自分で泣けてきますが(苦笑)。
でも、大石だって手塚のことを大切だと思っていたことは間違いないのです。
去り際に手塚を呼び止めたのは、その背中が随分と寂しそうに見えて声をかけずにいられなかったから。
何も言わなかったのは、今どんなことを言ったとしても、結局は手塚と菊ちゃんの両方を傷つけてしまうと思ったから。
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