秋の夜<2>
大石が去った後もどうすることもできずに、手塚はしばらくその場で立ちつくしていた。
さっきの大石の目は、随分と哀しげだった。
それは何故だろうかと考える間もなく、大石の言った言葉を思い出す。
“手塚が好きなんだ”
“…そんな顔するなよ。悪かったとは思ってる”
どうしてそんなことを言ったのだろう。
悪かった、だなんて。
そうでも言わないと、拒絶されるとでも思っていたのだろうか。
「気持ち悪い」とか、そんな言葉を口にされると。
それが原因で、手塚が大石を嫌いになると?
(……考えられない)
どうしてか手塚には、さっき大石に抱きしめられたとき、拒絶したりするようなことは一切思い浮かばなかった。
無理矢理に自分から引き離すことだってできただろうし、ただの冗談だと思うことも、蔑むような言葉を口にすることもできた。
何故そうしなかったのかは自分でもわからない。
大石の言葉を聞いた途端、身動きがとれなくなった。
大石はもうここにはいない。
謝罪の言葉を呟いて、すぐにここを出ていってしまった。
まだ、大石には何も伝えられてはいないのに。
そう思った次の瞬間には、手塚は軽い焦燥感に襲われた。
気を使う彼の性格のことだ、このまま何も伝えずに明日になれば、今日の話は無かったことになる。
手塚が今日の出来事を気にしないようにと、まるで何事もなかったように接してくるはずだ。
どこか焦ったような表情も、切羽詰まった声も、伝えられた言葉も、全てが葬り去られて。
顔を合わせたときにはきっと、大石は今までと何ら変わりない態度で自分に接していくのだ。
まるで、忘れてくれと言わんばかりに。
そこまで考えて、手塚は自嘲にも似た溜息をこぼした。
どうしてこんなに、大石の行動が手に取るように予想できるのだろう。
きっと大石だったらこうするだろうと、ほとんど確信めいたものがあった。
もしかしたら、彼が今まで自分を見てきてくれていたように、自分も大石のことをずっと見ていたのかもしれない。
さっき、大石が伝えてくれた言葉。
それはとても大事なものだったけれど。
このまま何も行動を起こさずにいれば、今まで通りの生活に戻る。
それは果たして、本当に自分が望んでいる結末なのだろうか?
追いかけよう。
そう決めてしまえば、その後の行動は早かった。
返す言葉は、ずっと前から決まっていたのだ。
それをすぐに気付かなかった自分が馬鹿みたいだと、そう思った。
ふと辺りに目をやると、机の隅に部室の鍵が置いてある。
おそらく、大石が忘れていったものだろう。
もしかしたら、あのとき大石も少しばかり焦っていたのかもしれない。
だがこれで、ちょうどいい口実が出来たかもしれない。
家まで押し掛けてでも、大石に会わなければ。
そうしないと、きっと後悔する。
荷物を持って立ち上がり部室の電気を消すと、手塚は外へ出た。
左手には、大石へ渡す部室の鍵が握りしめられている。
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またしても短い。
この辺で含みを持たせて話を終わらせてもいいかとも思いましたが、やっぱりちゃんと続きも書くことにします。
何ヶ月かかるか分かりませんが(笑)。
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