籠の花(仮)
「おい!!起きろ!お客様だ」
男の野太い大声が、地下牢中に響き渡る。
申し訳程度の毛布と薄汚い服に身を包んで眠っていた手塚も、その声で否応なく目を覚まさせられた。
周囲の牢部屋からも、同じ様な境遇の「商品」達が、のそのそと起き上がる音が聞こえる。
この店では、「商品」として人が売られている。
街の隅の細い裏通りに面しているこの店は、端から見ればとても店を開いているようには見えない。
表向きはただのバーのような作りになっていて、入り口から地下への長い階段を下ると、この地下牢にたどり着く。
物好きな金持ち達の中で密かにこの店の噂が広がり、こうして夜遅くに客が次々とやってくるのだ。
客が来るたびに「商品」達は店の男の声で起こされて、好事家達の品定めに付き合わされている。
「誰からの紹介も受けていないんだが、それでも大丈夫かな?」
店の男の者ではない、低く心地よい声が聞こえる。
こちらからはよく見えないが、客の男は比較的背が高く―手塚と同じか、それより少し高いだろうか―、
分厚いレンズのメガネをかけていて、そのせいで表情は読みとることができない。
「いえいえ、とんでもない。 当店では「商品」をお買い上げくださるお客様には身分の差別などしておりません」
店の男は愛想良く言葉を返したが、要するに、金が入りさえすればどんなとんでもない客であろうと構わない、と言うことだ。
この地下牢で買われるのを待っている商品達は、どれも皆20代ぐらいまでの男女だ。
どの商品も皆、何らかの事情があって自分自身の身を売って生きていかなければならなくなってしまった者ばかりだ。
ただの奴隷目的で買っていく客も中にはいるが、大半は性欲処理の相手として買われていく。
ここにいる商品のほとんどは若い女だが、中には10歳にも満たない少女が売られていたり、
中には手塚のように、男色好みの好事家などに向けて売られている者もいる。
「こちらが商品リストになります」
「ああ、ありがとう」
店の男が客に数枚の書類を手渡す。 全ての商品の本名や年齢、境遇や身の上などが全て書かれているリストだ。
「めぼしい商品がございましたら申しつけください。品定めもできますので」
「ふーん…やっぱりこの辺は随分と高いね」
「そうですね、なにぶん売れ筋の商品ですから」
客の男が、ある牢の前で立ち止まる。
その牢には、この店でも三本の指に入るほど値が張る女が入れられていた。
赤茶色のカールした長い髪、潤んだ目、大きく膨らんだ胸、少女っぽさの抜けきらない顔、声は綺麗な鈴の音のよう。
男であろうと女であろうと、可愛らしい顔をしていて良くしゃべるような者が売れ筋で、
当然そういった商品は値段がつり上がっていくのだが、手塚のような愛想のない商品は長いこと売れず、可愛らしい少女などに比べるとかなり値は落ちる。
「…まぁ、別にいいや。 あれ?この子は?」
「風です。歳は16」
興味の無さそうにその女の前を去り、次に客が立ち止まったのは、手塚の向かいの牢にいる風(ふう)という源氏名の少年だった。
風は手塚と仲が良く、とても素直でまっすぐな性格の黒髪の少年だ。
目つきが悪いせいか買い手が付かず、手塚と同じく、かなり長い間この牢で生活している。
風も自分も随分と口下手なのであまり会話はしないが、何かと似通った性格の風花とは妙に気が合い、手塚はこの少年を気に入っていた。
「どれどれ…」
風に興味がわいたのか、客の男がしゃがみ込んで顔を覗き込む。
いつものことだが、風は男の顔が近づいてくると、男を射殺さんばかりに睨み付けた。
「なるほど、随分と気の強い奴だ。 それで値が安いって訳か」
そのきつい視線を受けても男は一切動じず、少し笑いながらそう言った。
「そうだな、この子を貰おうか」
「お買い上げですね?ありがとうございます」
店の男の声は心底嬉しそうだ。
長い間ここにいた商品にやっと買い手が出来、厄介払いが出来て都合がいいのだろう。
「手続きや身支度なんかがありますので、30分ほどお待ちいただくことになりますが」
「ああ、構わないよ」
「では、あちらの部屋で手続きを行いますので」
そう言うと、店の男は風を買った客を隣の部屋へ案内し、客はその部屋へ入っていった。
同時にもう1人の店の男が鍵を持って現れ、風の牢の鍵を開け放つ。
「出ろ」
ゆっくりと牢から出ると、風は手塚の牢の前までやってきた。
「美国さん」
この店では、手塚は美国という源氏名で呼ばれている。
自分の本名などを他の商品に教えてはいけないと言う規則があるので、ここでは商品同士も源氏名で呼び合う。
自分を見る風花は、少し戸惑っているような表情をしていた。
「……いい主人だといいな、風」
手塚は、風にそう言葉をかけた。
ここで商品を買っていく者の中にも、良い悪いは存在する。
男色向けとして売られている商品を買い、ただの家の小間使いとして働かせる者もいる。
それに、たとえ性欲処理のために買われたとしても、
まるで壊れ物のように扱ってくれ、恋人のように大事に愛してくれる主人もいれば、
中には性奴隷として嬲られ続け、ただ1つのモノとして使い捨てるような主人もいるのだ。
風花はそれに少し眉を寄せた。
「俺は、あんな奴のところに行きたくなんかない」
「お前を買った主人なんだ、しょうがないだろう。 それに、まだ悪い主人だと決まったわけではない」
「だから、俺は…!」
言いかけてから、風は少し躊躇う素振りを見せたあとに、言葉を続けた。
「…俺は……アンタと一緒にいたい」
「無理なことを言うな。 お前は買い手が見つかったんだから、あの主人について行くんだ」
「だけど、」
「おい、無駄話をするな。 早くこっちへ来い」
風花の言葉を遮るように、店の男がせかす。
「…行け。」
風花はそれでも何か言おうとしたが、こらえるように唇を噛み締め、大人しく男についていった。
手塚とて、顔馴染みがいなくなるのが寂しくないわけではないが、こればかりはしょうがない。
自分たちが商品である以上、店や買い手には従わなければいけないのだ。
風にはきっともう会えないだろう。 本当の名も知らなければ、買い手のこともよく知らない。
こんなことを願う権利や義理も無いのかもしれないが……風には、出来るだけ幸せになって欲しいと思う。
しばらくして買い手の男が部屋から出てくると同時に、身なりを整えた風が男の側に立った。
男について店を出て行くまで、風は何度もこちらの方を振り返っていた。
手塚も、ずっと風のことを見ていた。
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何じゃこりゃ…。 何にも考えずに書いたので展開・説明が支離滅裂。
一応注釈として、“風”という少年は海堂、やって来た客は乾という設定です。
いや〜、塚&海(塚×海にあらず)って一度書きたかったんですよね。
私の脳内では2人とも受け。 薫ちゃんが手塚を純粋に尊敬していそうで可愛い。
続きを書き出すと長くなるので、続編は書かないかもしれません。 なのでゴミ箱行き。
(出来れば書きたいんですがね…)
↑性懲りもなく書いてしまいました。
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