他愛もない会話をして、明日の部活内容の話をして、それで。
家に帰る準備をしていたら、大石に名前を呼ばれた。
振り向いて言葉を発しようとしたときには、手塚は大石の腕に抱きすくめられていた。
秋の夜<1>
「……大石?」
訝しげに名前を呼んでも、大石はその手をゆるめようとはしなかった。
それどころか、自分を腕に抱く力が強くなったようにも感じる。
苦しいと小さく身じろぎしても、何の反応も返さない。
顔を覗き込もうとしたら、そこで初めて大石が口を開いた。
小さな声で、「ごめん」と。
その声が、どうしてかとても切なげで。
手塚は、まるで針で縫い止められたように動けなくなった。
「ごめんな…」
どうして逃げられなかったのだろう。
「少しだけでいいんだ。 …このままでいさせて欲しい」
あのときには、もう自分を拘束する腕の力は弱まっていて。
「手塚が好きなんだ」
「……っ…」
逃げようと思えば簡単に逃げられたはずなのに。
どうして自分は、大石から逃げなかったのだろうか。
しばらくたってから大石は腕の力を解き、体を離した。
正面から覗いた大石の顔は、何かを哀しんでいるようで。
目が離せない。
しばらく見入っていると、大石がいつもどおりに優しく笑った。
「…そんな顔するなよ。悪かったとは思ってるんだ」
そう言いながら、そっと手塚の頬に触れる。
「…そんな顔?」
手塚の問いには答えずに、大石は自分も帰り支度をし始めた。
いつもどおりに落ち着いているようで、でもどこか焦っているようで。
あっという間に、部室の外に消えていってしまった。
手塚を1人残して。
誰もいなくなったその部屋で、手塚は窓から見える月に目をやった。
今まで少しも気付かなかったが、今日はちょうど満月だったらしい。
真ん丸な月は時折雲に隠れながらも、青白い光を強く放っていた。
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短くてすんまそん。
しかも、タイトルからして恐ろしく季節はずれです。
個人的には2年の秋、部長と副部長の新体制に成り立ての頃の設定。
続きも早めにアップできたらいいなと思っていますが、予定は未定なので何とも…。
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